2006年02月20日

緑地計画学,時代の流れ,sinカーブ仮説,22歳の誕生日

緑地計画学,時代の流れ,sinカーブ仮説,22歳の誕生日

1限,緑地計画学の補講。
課題のレポートも提出し,
これをもって,
本年度の講義や実習は,全て修了。

この緑地計画学の講義は,
本年度とった講義の中で,
個人的にはいちばんおもしろかった。
講師の先生は,とても熱意があり,
かつ,
それをサポートする確かなプレゼン技術を持っていた。
講義内容も,実のあるものだった。

最後の講義で熱っぽく語られた
「アマチュア主義」「草の根民主主義」
「間接民主主義から,再び直接民主主義へ」
「トップダウンからボトムアップの時代へ」
「ハードから,ソフトの時代へ」
といったキーワードは,
楽知ん研究所さわかみ投信の主張と,
驚くほど,通じるものがあった。

よい講義をありがとうございました,の意を込めて,
自信を持って,楽知んカレンダーと『お先に失礼!』のセットを,
プレゼントさせていただいた。

(本来,よい講義に対しては,
学生の評価に応じて講師報酬がアップするとか,
なんらかの評価システムが,あって然るべきだと思う。
しかし,現在のところ,それはないので,
ぼく個人で,せめてものお礼,直接評価として,
プレゼント。喜んでいただけたようで,よかった。)

その先生のホームページを見ていて思ったのだが,
ぼくはどうも,
「サクラソウの保全」とか,そういう単一種の生活史などよりも,
もっと大きめ,かなり大ざっぱなレベル,
「景観(ランドスケープ)」や
「地域生態系」,「生物群集」くらいのサイズに,
興味・問題意識があるらしい。
もともと,そういう傾向はあったのだが,
最近,特にその傾向が強まってきている。

さらに,
「社会工学」とか「社会システム」「社会構造」という言葉に,
かなり,ビビビっと反応する自分がいる。

おそらくぼくは,将来的には,
どんどん,
「文系寄りの自然科学者」になっていく気がする。
あるいは,さらに文系化が進んで,
「理系寄りの社会科学者」になるかもしれない。
(というか,実は本来は,2つを区別する必要は必ずしもないものなのだ)

しかし,あくまで,
生物学という自分のバックグラウンド,バックボーンは,
きちんと見失わないようにしたい。

「人の社会を,生物学のメガネで見る」
「人とその社会を,
 ヒト(という〈種〉)とその群集として,生態学的に見つめる」
というのが,ぼくの人生における,
メインの研究テーマである。
(すでにこの問題意識は,
 高校2年であの稚拙な論文を書いて以来,
 ずっと変わらず,ぼくの中にあるものだし,
 おそらくこれからも,あり続けるだろうと思われる。)


0〜22歳:春
22〜44歳:夏
44〜66歳:秋
66歳〜88歳:冬

こう整理すると,
自分としては,とてもスッキリする。
数字が苦手なぼくの脳ミソにも,
わかりやすくていい(^^;)。

こうすると,ちょうど,半周期が11年。
11≒12。→12年。見事に,干支である。
ヒトの一生も,sinカーブに乗っている可能性がある。
(定量による証明は難しいし,
 位相のズレや振幅など,個人差は大きいだろうけれども。
 また,交通事故(確率のゆらぎ的突然死)の危険は,常にある。)

とすれば,
ぼくの場合,
44歳くらいで,もうひと試練あるのだろう。
離婚とか?,失業とか?,なにか。つらいこと。
いわゆる「厄年」である。

そこをふんばって,なんとか乗り切って,
88まで,がんばって生きてみたいなぁ……

あと3時間ほどで,22歳。
初夏,ということになる。
(これ,この前も書きましたね(^^;)
いつの間にか,じゃっかん数値が修正されています(^^;))

夏かぁ。
忙しくなりそうで,とても,ワクワクしています。
いい夏になりそう。

それに備えて,今日はもう,ひと眠りするとします。
おやすみなさい。

みなさんも,どうか,
たのしく,よい人生をお過ごしください。

       最後の春の日に
        きむらガンジー 記す


わっしょい。

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