2005年09月28日

極相林としての学科内人間関係の安定

■極相林としての学科内人間関係の安定

極相林だなぁ,と思う。
大学のクラスのことである。

荒れ地に草が生える一次遷移,
草にかわって,木が優先種になっていく二次遷移,などの
遷移(植生の変化)が起こらなくなって,
組成やバイオマス量が安定してほぼ一定になった森林のことを,
生態学で「極相林」(クライマックス)と呼ぶ。
(参考:wikipedia:極相

いまちょうど,学科内の人間関係が,そんな感じなのである。
4月から,半年。
人間関係が非常に安定してしまっていて,
気の合うもの同士でかたまり,
それほど気の合わなさそうな人には,お互い近付かない。

あまり話さない人とも,別に仲が悪いわけではないし,
それはそれで気楽なのだけれど,ちょっと,つまんない。

それぞれのキャラや,集団内での役割が,
ほぼ固定されてしまい,変化がない。平衡状態なのである。

平衡状態の均衡点は,理論上は無数にあり,
現在の状態が必ずしも最高とは限らない。
ただその状態が一種の非常に安定した状態だから,
それ以上動かなくなっているだけである。

もう少し具体的に,例を挙げて話すと,
たとえば,自然の野原に,草原や広葉樹林や針葉樹林があるのと同じように,
集団の雰囲気も,マジメだったり,明るかったり暗かったり,
いろいろある。

そして,
それは時が経つにつれて,なんとなく固定されて,安定するのだが,
草原や広葉樹林や針葉樹林の間に,自明な優劣はないように,
集団の雰囲気や人間関係も,これが最高だ,というものはない。

それは,様々な相互作用により,
たまたま,その状態が形成され,安定・定着した,というだけで,
もしなにか他の偶然が発生していたら,
もっと違う人間関係もありえただろう,と思うのである。
(う〜ん,我ながら,相変わらず説明が下手だ……
ともあれ,)

自然の森林だと,極相林において再び遷移が起こるには,
「ギャップ」と呼ばれるものが必要である。

たとえば,雷で木が燃えたり,老木が倒れたりして,
森にぽっかり穴が空いたりすると,
その部分の土壌に再び光が射し込むようになり,
新しい木や草の芽生えが起こる。

現在の学科内の,
(ぼくにとっては少々)退屈な人間関係を打破するには,
つまり,ギャップが発生すればいいのである。

ちょうど都合のいいことに,
休みが明けると,午後の基礎実験が,選択制になる。

これまでの固定された班分けが崩れ,
今まであまり話したことなかった人とも,
一緒のテーブルになるチャンスが生まれる。

新たな交流は,新たな人間関係を生むだろう。
少し,たのしみである。


そうして次第に,
各人がそれぞれの興味にしたがって,
徐々に徐々に,いろんな方向に散っていく。

いまはまだ,
2,3の選択肢に分かれるだけだけど,
今年の年末には,配属の研究室が決まる。

そうするとほぼみんな,バラバラである。
ほとんど顔を合わせなくなる人もいるだろう。

それは少しさみしいようでもあるけれど,
でも,入った先の研究室で,また新しい出会いがあるのだろうし,

そうやって常に別れと出会いと別れを繰り返しながら,
展開していくのが,人生というものなのだと思う。


大学は,学年が上がるに従って
次第に専門化し,世界が(ある意味で)狭くなっていく。

考えてみれば,
興味の方向がバラバラな人間が集まっている
今の状態の方が,
なんとなく,不思議だなぁ,という感じもする。

そして,ぼくにとっては,
いまくらいが,ちょうどいい感じ,なのである。

あまり価値観が違いすぎると,話が合わない。
しかし,あまり狭すぎると,新鮮さがない。

「生物学・農学に興味がある」という大まかな価値観を共有しつつ,
それぞれ,やりたいことは適度にバラけていて,
いろんな興味・問題意識・才能が犬泙辰討い襦
そういう今の集団は,なんか,非常に居心地が良い。

そしてだからこそ,いまのうちに,
いろんな人と,もっと話しておきたいとも,
思うのである。


もうすぐ,内定者歓迎会がある。
来年度,農学部に進学してくることに内定した人々が,
ガイダンスを受けに来るので,
我々が歓迎会を開いて,もてなすのだ。

自分たちが歓迎されてから,ちょうど1年。
1年前は,つい昨日のことのような,
もう遙か昔のような。
1年前の記事を読むと,緊張していたらしく,
なんだか微笑ましい。ふふふ)

しかし,年をとるにつれて,
人生がどんどん充実して,
たのしくてしょうがないものになって来ているのは,
たいへん,幸せなことだと思う。

神さまは,ケチじゃない。
幸福感に,限界はない。
これからもっともっと,
幸せでたのしい人生に,していきたいものだ。


とまぁ,変な結論に落ち着いて,
極相林の話,おわり。
Posted by gandhi at 22:52│Comments(6)TrackBack(0)記事編集農学部一類生活

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この記事へのコメント
「神さまはケチじゃない。」っていい言葉だなぁ。
Posted by ソブ at 2005年09月29日 09:54
極相林の例え、上手いですね。
さすが農学部(?)。

私は人見知りの小心者なんで、グループ作っちゃう人間の方だろうなと思うんですけど、所謂「排他的なグループ」は嫌いです。あの、よそ者に対していかにもよそよそしくなってしまうグループ。
小さな群れはあっても、その間は流動的であるのがいいなぁと思います。本拠地はあっても、チャンプルーな感じで楽しめた方が面白いだろうなぁと。
Posted by みさ吉 at 2005年09月30日 02:33
>ソブくん
おぉ,いいセンスしてますねぇ。
本田健さんって人の言葉です。
『きっと、よくなる!』(サンマーク出版,2005)。

ぼくは神の存在は信じませんが,
自分の脳みそが作る限界や壁を,壊して拡げるには,
いい言葉だと思います。
ヒトの脳みそって,けっこう怠け者なので(^^;)。


>みさ吉さん
評価していただき,うれしいです(^^ゞ
でも,もっとわかりやすく書けるようになりたい……

そうですね,適度に流動性がある方が,おもしろいですよね。
かたまっちゃうと,つまんないです。

そういうのも環境条件で決まるので,
うまく平衡がそっち方向にズレるような条件を見つけ出してあげれば,
そうなるはずです。

そういう「集団の力学」を,研究してみたいと思ってます。
やっぱり生態学方面でしょうかねぇ……
Posted by ガンジー at 2005年09月30日 05:53
>やっぱり生態学方面でしょうかねぇ……
生態学は全く知りませんが、
社会心理学の分野で「集団愚考」や「集団凝集性」
に関する先行研究がありますよ。
Posted by ソブ at 2005年09月30日 09:09
極相林のたとえ。
おもしろかったです。
人間も植物だったらよかったのにね。
そうでもないかw
俺はなんかギャップができるのとか
避けたいタイプだからさー…
でも新鮮でいいかもね。
Posted by haruki at 2005年09月30日 21:47
>ソブさん
ふむふむ。社会学でも,そういう研究があるんですね。
ヒトラーとかも,ある意味で,集団の力学をよくわかってそうですよね。
真似したいとは思わんが,学ぶことはありそう。

>haruki
人間関係の極相林モデル,けっこう好評ですねぇ。
うれしいです(^^)。ありがとう。
まぁ,あまり遷移や更新が激しすぎるのも疲れるんで,
程々がいいですよね。
全く変化がない人間関係ってのは,
ぼくにとってはちょっとつらいです。
Posted by ガンジー at 2005年10月01日 00:15