2004年03月18日

うつ病とのつきあい(4)〈再発〉

■「うつ病とのつきあい」その4〜〈再発〉

実家で半年間療養して回復したので,
2003年4月には,再び上京して大学に復学し,
留年してもう一度1年生をやることになりました。

夏学期と夏休みはまぁまぁ元気に,無事に過ごして,
そしてやってきた再発は,突然でした。
●急な不安感

長い夏休みが終わって新学期が始まる,となった際,
「大学に通えるだろうか」という急な不安感に襲われてしまったのです。
「恐怖感」といってもいいくらいの,
自分で全くコントロールできない,激しい不安感でした。
食欲もなくなり,胃がキリキリと痛みました。

そのまま,坂道を転がるようにあっという間に調子は悪化し,
完全にうつ病は再発してしまいました。


●再発の原因は…

これは実は,薬を飲むのを止めてしまっていたのがいけなかったのです。
上京した際に,新しい通院先を探したりすることなく,
服薬もやめてしまっていたのでした。

通常,抗うつ薬の服用は1年以上続けるのが,
再発予防の観点からも望ましい,とされています。
それを「もう治ったように思える」といって半年で止めてしまったのです。


●再びつらい日々

再びつらい毎日がはじまりました。
毎日大学に通って教室で座っているだけのことが,辛くてしょうがないのです。
「もうダメだ,今度こそ大学をやめよう。やめて名古屋に帰ろう」と何度も思いました。
母親にもそう伝えました。
母親は心配して,仕事を休んで上京してきてくれました。

そしてさんざん話し合って出た結論は,
「大学はやめずに,こちらで治療する」というものでした。

母親は,中島敦の『山月記』の一節を引いて,ぼくを諭してくれました。

「己の珠に非ざることを惧れるが故に,敢えて刻苦して磨こうともせず,
又,己の珠なるべきを半ば信ずるが故に,碌々として瓦に伍することも出来なかった」

「益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果となった」

「事実は,才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と,
刻苦を厭う怠惰とが己のすべてだったのだ」


「ここで逃げたら,きっと一生ずるずると逃げ続けて生きていくことになる。
自分は東大生だった,優秀だった,と言い訳をしながら。
そして逃げれば逃げるほど,人生は生きにくくなるものだ。
だからおまえのためを思って,敢えて母さんは言う。
逃げてはいけない。
いま辛くても逃げずに大学に通うことが,おまえにとって一番ラクな道だから。」

恐怖に駆られて,もう逃げ出したい一心だったぼくには,
辛い言葉でした。
でも,一方で,身につまされる思いもしました。
「逃げずに,地に足をつけてじっくりと構えるように努力してみよう」と思いました。


●低空飛行

そんなこんなで退学を思いとどまった末,
東大の大学病院にかかりながら,なんとか大学に通いました。

つらいつらい,低空飛行の毎日でした。
大学から部屋に帰ってきて泣き崩れたり,
朝起きるのとどうしようもなく体がダルくて起き上がれなかったり。
極限まで追いつめられて,
パニック状態で「自殺する」と家に電話をしたこともありました。


●乗り越えて…

そんな低空飛行の日々と,学期末のテストをなんとか,
ほんとになんとか,乗り越えて,
春休みに入ったいま,
「大学をやめなくてよかった」と思っています。

倉島厚さんという人の書いた本で『やまない雨はない』という本がありますが,
ホント,そんな感じです。

「やまない雨はない。いつかきっとよくなる時が来る」


そしてまた,
「本当に辛いのによく頑張った」と自分を心からホメてやれます。

もちろん,
支えてくれた母親・友人への感謝も忘れることはできません。
「周囲の支えがなければ,とてもぼくは生きていられなかっただろう」と思うのです。

この先どうなるか,わかりません。
また再発する可能性は,全然0ではありません。
むしろ,かなり高い。不安はあります。

それでも,今は思います,
「やまない雨はない。
あの辛い日々を乗り越えられたのだから,
この先もきっとなんとかやっていけるだろう。
泣き叫びながらでも,なんとか生きてはいけるだろう」と。

────────────────────────────────

最後は今の気持ちでした。
今は,うつ病を「これも運命」と受け容れて,背負って生きていくしかないだろうな,
と思っています。
うつ病と,うまく“つきあって”いく…。

さて,ひとまずこれで「うつ病とのつきあい」シリーズはおしまいです。
(きっとまた続きを書くことになるでしょうけれど。)

いかがだったでしょうか。
もしよければ,感想を寄せていただけるとうれしいです。
感想は,下のフォームからどうぞ。
またはメール(gandhi_blog あっとまーく yahoo.co.jp)でもかまいません。

最後に参考までに,
文中に登場した中島敦『山月記』と倉島厚『やまない雨はない』を紹介しておきます。
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うつ病日記〜再発から1年【ガンジス川のほとり〜ガンジーblog】at 2004年10月04日 21:14
この記事へのコメント
ガンジーさん、こんばんは。
ご自分をねぎらってくださいね。

>「本当に辛いのによく頑張った」と自分を心からホメてやれます。

そう、いくらでもほめましょう。
とても大切なことだと思います。

>支えてくれた母親・友人への感謝も忘れることはできません。
「周囲の支えがなければ,とてもぼくは生きていられなかっただろう」と思うのです。

そうですね。
偉大なお母様。
お友達。
時に、孤独に押しつぶされそうになったら、
どうぞ思い出してくださいね。
あなたを愛している人は、いますよ。

Posted by Sting at 2005年06月23日 22:30
>Stingさん

こんばんは。いつもありがとうございます。
そうですね,愛してくれる人がいること,忘れないようにします。

そして,己の珠なることを信じ,
刻苦して磨いていこうと思います。

でも最近,疲れ気味です。トホホのホ(^^;)。
Posted by ガンジー at 2005年06月25日 00:20
お疲れなのですね。

大好きな長田 弘さんの詩をここに写そうかと思いましたが、
なぜか「これ!」とひとつだけ選べませんでした。

そこで、「詩」ではないけれど、ガンジーさんの疲れが少しでも取れたらいいなと思って、言葉を書きます。


今日の夕陽は、とても綺麗でした。
大きくて、切なくなるような色でした。

汚れた都会にも、
美しいものが見えるときがあります。


お疲れのときは、
深呼吸をして、
体と心をほぐして、
眠ってくださいね。

またね。
Posted by Sting at 2005年06月25日 23:28